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大鳥圭介

(おおとり けいすけ:1833−1911)

天保4年2月25日 播磨国赤穂で生まれ 緒方洪庵の適塾で 医学を学び、出仕して幕臣となる。
戊辰戦争で転戦して北海道の五稜郭で降伏、出獄後政府に 登用され欧州視察後、技術畑の
多分野の発展に貢献すること になりました。

明治22年(1889)清国特命全権公使となり、明治26年(1893)
から朝鮮全権公使を兼任しました。
京城の留守中は杉浦濬(ふかし)一等書記官が代理担当

日清戦争前の外交交渉を担当し、戦争が日本を有利なる
環境作りの政治活動をしました。

下の朝鮮錦絵は 朝鮮政府が清国を恐れて動かないので、
明治27年7月23日(1894)大院君のクーデターを支援する
形式で大鳥圭介指揮の日本軍が京城を攻める様子。

クーデターにより日清戦争に対して朝鮮は日本側に立つ ことに
なり軍の移動や兵站が有利になり戦争の勝利に繋がりました。

大鳥圭介が大院君に勧めた近代化政策は失敗しました。
大院君は基本的考えは保守なので近代化には消極的で、政敵の
粛清のみしか 興味がありません。大鳥圭介は責任を問われ、
朝鮮から去ることになりました。

明治27年(1894)10月26日 井上馨が後任の朝鮮駐剳公使と
して赴任

画像:躍進日本外交史(昭和15年)釜山日報社
大鳥圭介


天保4年2月25日 播磨国赤穂で生
文久3年(1863)陸軍所に出仕 幕臣となる
明治2年(1868)5/18:函館の五稜郭で投降
明治5年(1872)1月:出獄
同  2月:大蔵小丞として出仕 欧州視察
明治19年(1886)学習院院長
明治22年(1889)清国特命全権公使
明治26年(1893)朝鮮駐剳全権公使を兼任
明治27年(1894)7月23日大院君を立てたクーデー支援
明治44年(1911) 没


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